2013年5月13日月曜日

Mouse 先生の実演


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 9 月 12 日(水)晴れ

 一限の体操は、最も精力の集中を必要とした時間だった。運動会のマスゲームを班毎にテストされたのだ。最初の四班が六点、次の三班が三点、Charco が拍車をかけたわれわれ二班が七点、一班が三点だった。二班と四班は他の二つの班に先立って次の運動の球技に移ってよかったが、きょうはソフトボールでなくて、ハンドボールだった。
 Mouse 先生はまず「修身」をやり出した。時間より一足先に進んで、時間を待つべきであること(先生は七時五分前には学校へ来ておられるそうだ)や、先生が二年半前にこの学校へ来たとき、汚れていて見るに見かねた廊下を掃いていたら、小使さんに止められたこと、など。教科書を広げてからの先生は、Whymper となって、the greatest caution を exercise[し]ながら、 rope を firmly[に]掴んで、彼以下七人が初めて conquer したところの Matterhorn から降りる動作を実演された(注 1)。Crog's exclamation was heard. のところで、変な声が聞こえたと思ったら、それも先生の実演だった。長身でなく、やせている身体に力をこめて、かがみ込み、口先をタコのようにして、恐る恐る一歩を前へ出して plant[し]、そして advance a step. Only one man moves at a time. の説明である。
 『奥の細道』は、石川県関係のところを終わって、あとは自分でやっておくようにとのことで、来週からは『徒然草』。TKT 先生は余った時間に、伊賀上野へ行ったときのことを話された。鐘が鳴って、鞄のふたの開く音、筆入れを片付ける音、鞄を閉める音などがしている間にも先生は声を一段と大きくして話を続けられた。「荒木又右衛門が三十七人斬りをやったのも伊賀上野…」と。黒板に字を書くときには、頭を少し傾け、最後の一画をはねたあとは、白墨を持った手でおもむろに丸い線を宙に描くようにして、その手を胸元へ引き寄せるという優雅な動作をするのが常である先生にしては、珍しい力の入れようだ。
 「実質的要素に知的判断を下すとはどういうことか」などと、国語か哲学のような出題のあった図画の試験の結果を、Jack が Pentgon 先生に聞いた。上記の第一問に Jack は、「実質的要素をそれに知的判断をすること」という、訳の分からないことを書いて、二十点中の七点を貰っている。Pentgon 先生の「ここがちと惜しいです」という言葉ばかり聞いていても仕方がないから、ぼくは自分の答案を見せて貰わなかった。
 十五番教室に二年生の幾何の点数が貼り出してあった。MYB 君が百点で一位、十七位に生徒会会長。もう一人、新聞部の UE 君の名があったが、他は知らない名前ばかり。[つづく]
引用時の注
  1. このあたりの文中の[ ]内の文字は、英単語に含まれるものという考えで、日記原文には書いてなかったが、読み通す便宜上、引用に当たって追加した。

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