2013年6月4日火曜日

式辞で校長が英文を引用


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 10 月 1 日(雨)

 HRA の Crow 先生に式に出るようにいわれたので、伯母の家で朝食をとり、祖父が天井や柱の木の種類を見分ける方法から人生と経済問題にまで及んで話すのを聞いて、八時半に裏門から登校する。一度ホームルームへ入ったあと、講堂へ行き、昨日運動場でぬれたのがまだ乾ききっていないベンチに腰かけて待つ。二十数分遅れて始まり、教育委員会、県知事代理、県会議長、PTA 代表などの祝辞、それから校長、生徒代表の言葉の順で、それぞれ懐から出したものを広げて読む。工事報告の長身、禿頭のおやじさんは、出まかせのような金額をペラペラと読み上げたりして、薄紫色の幕がかかっているだけの壁の裏にご真影があると思ったのか、そちらに向かって深々と頭を下げて降壇した。県知事代理は「だいり」を最後に特別大きな声で読んだ。どれもこれも体育館落成を祝う言葉として「健全なる精神は…」を引用し、講和の成立を入れることも忘れなかった。
 自らの姓の最初の字と同じ「秋」を最初に持って来た校長先生の話は一番丁寧で、声は最初 p だったが、漸次 fff となって行った。昨日の開会式と同じことをいっている、…やっと十時か、…あそこに据えられている松は「心にくしと見ゆ」…などと思っていると、校長先生は英文の引用を始められた。クーベルタン男爵の主張した競技精神で、「人生の主眼は闘うということそのものにあって、勝利を得ることは第二の問題である。したがって、最も肝要なことは、勝つか負けるかではなく、どうすれば立派に闘うことが出来るかにある」という内容だった。[つづく]

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