2013年8月11日日曜日

校内球技大会の野球準々決勝


高校(1 年生)時代の交換日記から

Sam: 1951 年 11 月 19 日(月)晴れ(つづき)

 校内球技大会の野球の準々決勝がある。対二十九・三十ホーム合同チームである。敵はサウスポー投手。わが軍はあっさり三者三振に終り、一回の裏一死満塁となって、内野手の FC で一点を先取された。二回表 2 アウト後、ぼくの最初の打席、第一球、いい球、ストライク。全然打つ意志はなかった。第二球は低めの球、第三球は外角へ流れたシュート。ともに空振りして、三球三振。いくら強打者だと自負していても、それがソフトボールのであったら、何の役にも立たない。

 敵には左打者が四人もいたので、ぼくは守備位置でびくびくしていたが、五インニングで終わった試合の中で、球を処理したのは二回だけ。第五インニングにバットを振ったとき、初めてボールがバットに当たった。しかし、それは投手後方に高く上がったフライで、難あって
(注 1)アウト。

 その間、わが軍は毎回のように死球を与え、内野手の不手際などで、着々と得点され、8 対 0 でコールドゲーム。わが軍は、無安打無得点に終わる。
引用時の注
  1. 「難なく」でもなく、ということか。

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