2013年8月14日水曜日

「日本は狂っているか」/それを国語乙の作文に


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 11 月 20 日(火)晴れ

 解析ではヨウコ先生の期待を裏切ったようで、大きな顔が出来ない。黙っていよう。黙っていよう。
 H 時は講話ということだけが決まっていたのだが、ホーム委員の Atcher は Crow 先生に講師を頼んだ。それで、珍しくもない先生の、琴の糸が切れたときのような音の声での話を聞くことになった。京大学生事件の話から始まって、ふっと別のことを話の中へ引き込んで行く話し方で、「日本は狂っているか、狂っていないか」だの、「安全保障条約は、アメリカではこう解釈し、フィリピンではこういうつもりで、オーストラリアはこうこうで」という話もあった(注 1)。結びは、「勇気」という二字と、「若い時は二度と来ない」という言葉だった。「時」が限りなく清く尊いものに思われて来た。と同時に「無力」ということも考えさせられた。
 生物の実習でない方の試験がある。予想外に簡単。自分にとって簡単ならば、他人にも簡単(とは決まっていないが)。兼六中卒業時に市長賞を貰ったのだと Jack が教えてくれた材木町の文房具屋の Atcher も、何かでまぶたを長い間つまんであったのをはずしたばかりのような目つきで、「軽かった」といっていた。彼は Jack のいまの家が近くて、最近互いによく行き来しているようで、編集室へ寄って Jack に、明日は英語と社会の試験の「二本立て」だといい、Jack から問題を聞き、「また来い。きょうは来るな」といい残して、さっさと出て行った。
引用時の注
  1. Crow 先生の専門は地理だったが、いま思えば、時局の問題についてよい話をされたのだ。いまこそ、こういう講話が必要な時代になっている。


Ted: 1951 年 11 月 21 日(水)晴れ

 四月頃は、一日を数日のように感じたりしたが、二学期は日の経つのが早い。教科書通りの英文がずらずらと書いてあって、その解釈ばかりをする試験も、Jack が真っ先に提出した。彼は、明日まで三日間連続で試験があるそうだ。
 ハンドボールもサッカーも、二班は負け通し。
 国語乙は作文。ここ二、三日以内の学校生活をスケッチ的に、というのだった。昨日の H 時のことを書いたが、一向に新しい趣向のないものになった。

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