2013年8月22日木曜日

西部劇『セントルイス』


高校(1 年生)時代の交換日記から

Sam: 1951 年 11 月 29 日(木)雨[つづき]

 母に貰った券で日活へ。ニュースに先んじて、CIE 提供の『高崎市の市民新聞』(注 1)(こんな題ではなかったが、内容はこんなものだった)がある。あまりにも話がうま過ぎ、どこか不自然だったが、よい参考になった。
 西部劇『セントルイス』(注 2)。スリー・ベルたち。彼らはいわゆる trio。南北戦争によって、彼らの牧場と家を焼かれたことがきっかけとなって、…。その名は、キップ、リー、チャーリー。リーは南軍に加わる。他の二人は牧場を再建するため、町で知り合った女にいわれるまま、密輸に加わる。危ないところを南軍に救われる。その南軍にはリーがいた。彼らは何回かそれを続け、南軍はそれにより得るところ大。勢力を挽回する。
 …そのうち、やがて、…キップの恋人の心がリーに移る。チャーリーがキップを亡き者にしようと企てる。三人は、今はてんでんばらばらの状態。…南北戦争が終わって、リーは警備隊長に…。密輸の富を一人でかかえ、悪党の親分になりすましたチャ−リー…。キップの恋人はリーと結婚し、キップは自暴自棄になろうとしている。町で知り合った女、彼女はキップに恋をささやく…。かつてのキップの恋人が、夫を助けてくれとキップに懇願に来る…。No! …しかし…。翌日、からりと晴れた朝…。ハロー! ハロー! キップとリーだ。「雲行きが悪いぞ。雨をいとわないなら、二人で散歩に行こう。」靴につけたベルが鳴る。清い音! …30 m、20 m …、凝視しているチャ−リー…。彼の心は…。
 バァーン! 拳銃の雨。チャ−リーはキップかリーのどちらかを射たか…。No, no. バァバァンバァン、バァバァンバァン。スリー・ベルたちの心は再びとけ合い、通い合って戦う。悪党全滅。いや、まだ早い。生き残りの一人が裏切り者のチャーリーを射た。チャーリーは、「俺が死んでも[スリー・ベル牧場の]看板は変えないだろうな」と遺言して、息絶える。…それから数日、一台の幌馬車に揺られて、キップと、町で知り合った彼の恋人とは、平和な牧場に新しい生活の第一歩を踏み出そうと…。[この日の日記は、さらにつづく]
引用時の注
  1. 1950 年 4 月、連合国軍総司令部(GHQ)新聞課長のインボデン少佐が高崎で講演し、民主主義と地域社会の発展には郷土新聞の発行が欠かせないと説いたことをきっかけに、紙不足やインフレのため前年に廃刊になっていた『群馬新報』を引き継ぐ形で、『高崎市民新聞』が 1950 年 6 月に創刊された。映画の本当の題名は『高崎での話』。こちらに詳細な説明がある。
  2. 原題 South of St. Louis、レイ・エンライト監督による 1949 年の西部劇映画。

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