2013年7月22日月曜日

「そうりょう」ではなかった


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 11 月 6 日(火)晴れ

 熱いものが沸き上がってザラザラと皮膚をなでるような気持悪さの加わった寒気を感じる。残念だが、紫中へは行くまい(注 1)。明後日が生物の試験ということは、何とも思っていないのだが、昨日ときょうと、生物を選択した一年生は、細かい字で一枚の半紙に四十七題書かれている「生物科練習問題」の答をお互い同士聞き合ったり、いつになく積極的に Frog 先生が巣にしておられる部屋へ出入りしている。ぼくだって分らないのもあって、調べなければならない。

 ヨウコ先生は重ねて欠席。昨日と同じく Teihen 先生(「底辺」がこの先生の学校でのあだ名だ。いつかこの先生を Teinō 先生と書いたが、それは別の先生のあだ名だった)が出て来て、人数を数えてから、足らないだけの欠席者名を聞き、「質問!」(「質問があればしなさい」の意)とさびた声(というと、昨日それを聞くために日活の前に作られていた長蛇の列(注 2)が思い出されるが、それとは、さび方が違う)でどなられた。昨日はそれに対して、Jack が聞かなくてもよいことに (a+b)10 を展開するとどうなるかを質問したので、ピラミッド型の構成で係数を求める方法(注 3)(Jack やぼくは、すでに知っていたのだ)の他に、nCm という記号で求められることを教えられた。きょうは、プリントを出して少し自習をしたが、Jap が「尻取りしよう」というから、 ox と始めた。彼は早速困り、席を立ってカンニングして来てから X-rays と続けたので、sex で返した。Xmas と来れば、six ともう一度困らせてやるつもりだったのに、時間が終わってしまった。Xt で来ても tax、Xtian ならば、nix と用意万全だ。

 国語甲では、先週行われた試験の講評がある。一問題だけまだ採点されていなかったので、総点は分らなかった。何が馬鹿らしいといっても、言葉の魔法にかかるのが最も馬鹿らしい。新発意(しぼち)という単語は、先生が授業中に「新しくそうりょうになった人」と訳して行かれたように聞いたので、それをノートに書きとめ、頭にも入れていたのだが、「これがほとんど出来ていない」と Peanut 先生がいわれる。「そんなものが…」と思っていると、先生は続けて「これは、新しく僧籍に入った人のことだね」といわれ、「頭に被る布」と同音の副詞を胸に覚える。「僧侶」を「第一番目の子」である「総領」と聞き違えていたのだ。考えてみれば、「発意」の文字からも「総領」ではおかしいと気づくべきだった。「新しく仏門に入った人」と書くつもりで、「新しく物門に入った人」と書いた答案があったそうだが、それと「似たり寄ったり」といわれても仕方のない結果だ。三十点割り当てられている単語の解釈のところでなぜ二点引かれたのか不審だったぼくに、先生は「Ted(とはいわないが)、どうだ」と声をかけられた。
引用時の注
  1. 出身中学の文化祭での卒業生合唱に出るための練習に何度か行きながら、本番には出なかった記憶だけがあるが、その理由を覚えていなかった。少年時代に歌は不得手な方ではあったが、合唱で半ば口パクでもよい出場までも嫌うほどでもなかった。それなのに、どうして出なかったのだろうかと思っていたが、風邪気味で何度か練習を休んでしまったことが原因だったらしい。
  2. 美空ひばりあたりの金沢来演があったのだったか。
  3. 「パスカルの三角形」と呼ばれる。

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