2013年7月16日火曜日

彼女たちの趣味


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 11 月 1 日(木)晴れ
Ted: 1951 年 11 月 2 日(雨)晴れ

 内面の闘争は続いた。一つの対象に関してではなくて、その種のことに対する全面的なものだ。

 TKN 君は、本当のようなこと、嘘のようなこと、語っている彼も、その話の中で話題になっている者自身さえも、分っていないようなこと、などを知っている

 二限の生物では、国体から帰った Pine を見ることが出来たが、来週中に試験があるという文字も黒板に見た。再来週の H 時が雨になったら行なう予定の討論会に「試験制度、是か非か」をやったらなどと考えている後ろで、Pine はショットがどうだ、ジャンプだ、タップだ、と話していた。
 Ascertain という単語の音とアクセントから受ける感じをその身体にもたせて、…いや、こういう記述はどうでもよい。昨日の昼食時に彼女たちが何を話し合っていたか。映画監督、男優、女優、そして映画の題名を、男子生徒が、たとえば、阪神が松木、近鉄が藤田、大洋が渡辺、あるいは、武智は広島、内尾は阪急、古谷は国鉄(注 1)といい合うように、つなぎ合わせ、違ったといって笑い、知らないといって残念がり、知っていたといって喜んだりした挙げ句、「こんなこと、一生懸命に覚えて…」、「試験に出たら満点や」などといっていた。彼女たちが何を趣味として追い、他方で何を気にしているかの一端が見えた気がした。
 万物の霊長と自負している動物は、自分一人を楽しませるためには、ずいぶん、下等な動物になり下がらなければならないものだ。(前のこととは関係がない。)
 過去を顧みること、このことは、自分に一匹の小さな動物を見せつける。へんな具合にうごめいて這って来たな、と思わせる。そして、反動的に、未来の望ましい大きな動物が頭に映る。これでよい!
 もう一度考えても、TKN 君の言葉は、ぼくを部外者として持ち出したものとして、唯一の驚くべきものだった。(注 2)
引用時の注
  1. 当時のプロ野球チームの選手を背番号、守備位置あるいは打順の共通性で並べたのか。いまとなっては、見当がつかない。
  2. 他人についていわれた言葉だったが、自分のことをいわれたように心に響いたのは初めての経験だった、という意味か。

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