2013年7月27日土曜日

自己の非を悟る困難



高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 11 月 9 日(金)曇り

 図
(注 1)のような校内を、金曜日のぼくならば、矢印付きの線で記したようにように移動(点線は二階を歩くことを示す。数字は教室番号、赤字は二階の教室)することに決まっているので、何の授業が済んでどこを通るときに誰とすれ違うということも自然に決まって来る。それで、「いまは誰々に会うだろう」と思っていると、その通り、その人物たちとすれ違う。他のときには見ても、廊下の移動時には決して会わない上級生もあれば、移動時にばかり会う上級生もいたりする。狭いところに少しの人間がいても、広いところに多くの人間がいるような関係が作り出されて不思議なものだ。

 大したことでもないことを書くのに長い時間をかけてしまったが、きょう感じたことの中では、「フランクリン自叙伝」中の、「実際われわれの自然の感情の中でも自負心ほど制御し難いものはあるまい」という真理があやつる「自己の非を悟ることの難しさ」が最も重要なことだった。そして、悟り訂正しなければならない沢山の事柄を自分が持っているのを知った。
 訂正。この二字によって、これまでに書いたことの中で、非だったことを全て取り消したことにしよう。そして、心をさっぱりと拭い、常に新しい出発をするのだ。(つづく)
引用時の注
  1.  図の上部に日付けと天候が英語で書いてある。引用に当たって日本語表記にしているが、実際の日記では、このように、私の書く日付けと天候は英語表記、Sam は日付けが英語表記で天候は日本語表記だった。
     図からわかるように、校舎は中庭を挟んで 4 棟が左右の廊下でつながった形で、さらに図の右下にあるように、一階だけの増築部分があった。略号は上段から順に左から右へ、講=講堂、総=総務部教員室、事=事務室、生=生徒会室、玄=玄関、図=図書室、指=指導部教員室、体=体育館、編=編集室(新聞クラブ室)、化=化学講義室(階段教室、生徒議会議場)、生=生物学講義室、25 の上の文字は汚れと重なって見にくいが、保=保健部教員室。
     登校時に玄関から入らないで図書室脇を回って校内へ入っているのは、玄関が教職員専用だったからか。まず、2 番教室横の階段を登って二階の 9 番教室で第 1 限の授業を受け、次に、10 番教室脇の階段を降りて 18 番教室で第 2 限の授業を受けるところまではたどれる。しかし、そのあとは書き損ねたような線も加わって、線が混み合っていて分り難い。多分、14、15 番教室で第 3、4 限の授業を受けて、ショートホーム時と昼食のために 22番教室へ行き、午後は 23 番教室と、二階の 16 番教室で第 5、6 限の授業を受けたのだろう。

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