2013年6月3日月曜日

三重の偶然/降雨切り上げ


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 9 月 29 日(土)晴れ

 校内美化週間が終り、一学期に続いて十四ホームが一位となる。合計点六十六。八点が一回、九点が二回の他は全部十点だ。昨日、一昨日と十点を取ってこれに迫ったわが十五ホームは、わずかに及ばず、三点差で二位。平均するとわがホームは九点。ここに三重の、面白い偶然の一致が見られる。この間の一斉試験で一位だった Vicky は十四ホームの所属で、二位のぼくの平均点がちょうど九割、Vicky との差が合計でちょうど三点だった。
 神は助け給うた。汗を流さない程度に照りつけるので皮膚をバリバリにする秋の太陽が、明日一日われわれを照らしてくれればよい。明後日はくじ引きの結果、体育館落成式に参列しなくてもよいし、明々後日は明日の代休日だし、何かいろいろ出来そうだ。ともあれ、明日だけ終わって欲しい。
(注 1)
引用時の注
  1. 翌日は運動会で(この頃はもう体育祭という名称だったかもしれないが、翌日の日記には行事の名称を書いてない)、スポーツの苦手な私はそれが早く終わって欲しいと思っていたのである。

Ted: 1951 年 9 月 30 日(日)曇り時々雨

 開会式に校長先生が「スポーツにはいろいろの種類がある」で始まる言葉を述べ、生徒会功労賞授与があり、楽隊のブガブガに合わせて、あやふやな「若い力」を斉唱し、ラジオ体操をやり、曇り空の下で競技が始まった。男子百米では、スタートの遅れた Charco が機関車の勢いで、五、六十米あたりで六人を抜いて一着。あとの組で Jack も一着になり、彼の願望が成就した。
 幼稚園児の「トントコ踊り」に拍手したり、「綱取り」に出るために整列していて「チョット拝借」を見損なったり、「オット危ない」とはどんな競技だったかと思っているうちにスプーンレースが始まったり、その間あいだにも雨が降り、のろのろと進行した。ちょうど真ん中の種目、女子全員による綱引きのとき、しばらく忘れていた雨がやって来たが、構わずに続けようとしてピストルが鳴り、「ヨイショ」の掛け声が二回ほどかかった。と思ったら、ボスン!! 綱が切れる。その音が、同時に空に大きな穴のあいた音ででもあったかのように、雨が激しくなる。一同、わらわらっと校舎へ駆け込む。
 ホームルームで昼食をとり、H 時があり、帰宅したのは、のど自慢の中ほどのときだった。プログラムの残りは、いつか晴れた日の午後に行なう予定となっている。

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