2013年6月6日木曜日

宿題の明治憲法と日本国憲法の人権の比較もしてしまった


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 10 月 3 日(水)晴れ

 大きな顔が出来ない。ううーんッ、えええーッ。
 昨夜、伯母の家で母に葉書を書いた。運動会のことを葉書の半分ほどまで書いて、急に話題を変えたつもりで、祖父が「世界よりも広い満州」を駈けめぐった夢を見て、目が覚めたときには脚が丈夫になったような気がした、といっていたことを書いたが、やはり走ることに関係していたと気づき、その通りをまた書いた。伯母が細かい字で数行書き加えた。
 Dic(誰かのニックネームではない。Dictation の略として使う)があって、次の課へ少し入ったと思うと、もう鐘が鳴る。ぞろぞろと二階の教室へ移り、次の鐘を待つ。YMG 先生は出張で自習。宿題の明治憲法と日本国憲法の人権の比較もしてしまったので、解析の教科書とノートを取り出して、
a4 + b4 + c4 + d4 ≥ 4abcd
の証明を考えたが、出来ないうちに再び階段を踏んで、いまいた真下の教室へ行く。
 その笑うのを見ていると、笑わされ方も笑い方も高尚なのに感じ入るが、なぜか見ている自分を一緒に朗らかな気持にさせない人が笑い始めた!——今年初めてセミの声を聞いたのはこの教室でだったようだ。一昨日講堂にいたときはまだセミの声がしていたが、きょうはしない、——と考える。いつの間にか、第四限も終わっている。ホームルームへ入っているときの目は、自分のいるところを原点とすると、(−4, 2) に当たるところを向いている時間が最も長い。
 あの二人を統合したら、どんな人物になるだろう。どんなにわれわれの心を惹きつけるだろう。いや、実際にそんなことが起これば、そこに生じるのは全く奇怪な存在かもしれない。それぞれが、いまの人物であるところによさがあるのだろうが…。(注 1)
 五限は解析。一学期には、左隣との五十センチほどの間隔をほとんど保ち続けて、手を伸ばしたり身体をのりだしたりして聞き合うことは滅多になかったのだが、この時間は Jap との間隔を何度も短くした。生徒が後ろの黒板で問題を解いた結果を先生が説明するときは、教室中の顔がぼくの方を向く。ぼくの席は真ん中の一番後ろだから、振り向き遅れると、みんなの目でじろじろ見られるような具合になる。こんなことが繰り返されるうちに、ぼくの脳は現在を飛び出して、未来の中にさまよった。[つづく]
引用時の注
  1. Vicky は美貌の持ち主でもあったが、私は彼女の知性に惹かれ、他方、容姿の面では同じホームルームにいたある女生徒に惹かれていた。

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