2013年6月1日土曜日

生徒会紙が差し押さえに


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 9 月 28 日(金)晴れ[つづき]

 『菫台時報』第十一号発行停止! 編集室で五十部ずつにして重ねられていた新聞が、差し押さえられ、持って行かれた。生徒会長 Tachi 君と Gamma 編集長が口論をする。発行責任者である会長は未検閲のものをなぜ印刷に付したかという。間違いだらけだともいう*。ぼくが見ても田舎臭い感じの紙面になっている。

 校内美化週間の最終日となり、屋外の掃除をする。「地球デコボコになって、表面積の計算難しなるぞ」、「回転の速度、鈍るかもしらん」というユーモアのほとばしるほど、われわれが手にした鍬は、中庭の土も雑草も苔も、もろともに耕した。TKM 君がやにわに、イヌの吠え声で示唆された花咲か爺さんのように、深い穴を掘り始めた。次に彼の動作は、緑色より茶色の割合の方が多い「ゴミ」をそこへ埋没する作業に移り、最後に、穴を掘ったために出た土を被せた。どこかへ分散したり、密度が変って体積が減ったところもあったりしたのか、掘った土は余ることなく、平坦な地面がそこに横たわった。

 FJW 新編集長は口ばかりの人物かと思ったら、熱意のあるところを Jack とぼくの前に示した。熱意さえあれば、新聞部を立ち直らせることも不可能でないだろう。それにしても、ぼくが入る新聞部は、中学でも高校でも、どん底の状態を経験してばかりいる。Jack が、外部から編集室へのちん入者が多くて、保存すべき何ものも棚に残っていないこと、新聞部の歴史さえもなくなりかけていることを問題にして、顧問の IT 先生に相談に行くというので、ついて行った。先生は腰から上をせり上げるような格好をしながら、口の右側をより大きく開く特徴の話し方で、「考えて見まっし」といわれた。
Ted 自身による欄外注記
 * 発行回数が年三回となったため、生徒議会で広告を載せないことに決定したが、それが徹底しないで第二面に五つの広告を載せたことが第一の問題だった。

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