2013年6月22日土曜日

こうなれば、あらゆるところで…


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 10 月 16 日(火)晴れ

 憤然として、奮然として行動すべき時がいまや到来した。後期の生徒会議員と HR 委員の選挙が行なわれた(で、議員になったとかいうのではない)。
 仕方がない。しかし、冠を落としたような(いままでも冠などつけていなかったが)気持。憎悪、憎悪。これはどうしたことだろう。Crow 先生の慰めるような言葉…(注 1)。こうなれば、あらゆるところで、獅子奮迅の勢いを示さなければならない。
 Yotch は不満顔だったが、きっと新しい雰囲気を作り出すことに成功するに違いない。
 放課後、ぼくが率先して、Jack と Tacker とともに編集室の特別大掃除をした。やかましくするのだ! もっとやかましく! 最初にタライ一杯の紙くずを運び出し、それから、スノコをめくり棚を動かして、土間を掃き、タライに七、八杯の泥と砂と、くしゃくしゃになって見境なくくっつき合った紙と、椅子の割れ木と、ラケットの破片と、五円玉三つを得た。直ぐ前の十九番教室で新議員によって行なわれた会長選挙はいつの間にか終わっていた。金曜日に掃除の残りをやるつもりだ。

 Sam、慎重に考えて、即答してくれ給え。Sam の家にラジオがないとする。そして、それを買えるだけの金があるとする。すると、Sam はそれでラジオを買うかい?
引用時の注
  1. 私は、多分小学生時代の 2 回の転校のせいで、無口になっていた(その傾向は後々までも尾を引いた)ので、中学時代には生徒会議員に選ばれることがなかった。高校生になってから、生徒会活動を経験したいと思い始めていた。ところが、1 年の第 1 期には、まとめ好き・世話好きでないとうまく勤まらないホームルーム委員に選ばれて、いささか閉口した。2 学期初めの一斉試験で学年 2 位の成績だった「知名度」によって、第 2 期には生徒会議員に選ばれるだろうと期待していたにもかかわらず、この日、そうならなくて落胆したのである。「憎悪」とは、私を選ばなかったホームルームの生徒たちに向けたものだろう。「これはどうしたことだろう」は、憎悪心が生じたり、落胆が大きかったりすることに、自分ながら驚いた言葉である。ホームルームアドバイザーの Crow 先生から慰めるような言葉を貰ったとは、落胆が顔に出ていたのだろうか。あるいは、次に書いてあるように、ホームルーム委員の一人には、1 期の私に代って Yotch が選ばれたということに対する同情だったのだろうか。私は、ホームルーム委員の方には、選ばれなくてせいせいしたのだが。

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