2013年5月16日木曜日

反スポーツマンシップの思い


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 9 月 13 日(木)晴れ

 愉快だ。そして、忙しい。それから、まだまだ馬力をかけなければならない。
 生物と国語の試験結果が発表になった。生物の最高点は 76 点で、NSN さんと IMR 君(これまでこの通信帳に出て来たことのない名前だ)。Vicky は三位で 75 点。74 点まで見て、あとはやめた。五限に発表されるだろう国語に勝敗がかかったのを知った。Vicky の国語はいつも抜群というほどではない。ぼくの社会と国語での失敗をあわせた以上の失敗を Vicky が国語でしていたら…などと、スポーツマンシップに反した考えが頭をかすめないことはなかった。
 五限は来た。講評があり、レッスンクラス内の七十点以上の名が読み上げられた。それから、一学年全体の順位がつけ加えられた。八十六点以上は誰もいない。Vicky とぼくは三点の差で、四位と一位だった。差は十分でなかった。二位に YMG 君がいた。
 ここまでは二勝一敗一引き分けで、外からは息もつけない接戦にみえるだろう。しかし、YMG 先生の社会の時間の言葉から、ぼくはその科目で大きく引き離されたと推定出来ている。五教科平均での敗退は確定した。戦う気で臨んだだけに、残念だ。(注 1)[つづく(注 2)
引用時の注
  1. 自分では点取り虫でないと思う私が、このときの一斉試験の結果にこれほどこだわっていたのは、夏休みに Twelve の「京大を目差して」の貼り紙を見て、自分もそうしようと思い始めたこと以外に、Vicky に対するライバル心を、彼女としては意図も意識もしなかった(とは、遥か後に知ったことだが)彼女の私への態度によって、いやが上にも煽られていたという事情があった。
  2. 冒頭の「愉快だ」に関連する話は、続きの部分に出て来る。

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