2013年5月19日日曜日

ある尾行者


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 9 月 16 日(日)曇り時々雨

 一つのコントの材料のようだった。夢中になって歩いた。天下る水の途切れるのを待って、午後 Jack の家へ行ってみた。戸はぴたりと閉まっていて、応じる者は誰もいない。来るときと反対に、木曽坂のコースを取ることにした。雨後の坂道はすごくぬかっていた。水を多分に含んだ泥と小石が、晴れた日のような響く音を立てないで、ギリギリ、グシャグシャと足駄の下で鳴った。Lotus のことが必然的に頭に浮かんで広がり、黒雲となった。それでも、苦痛にはならなかった。その頃から何者かに尾行され始めていた。
 Lotus の家がある小路の角の寺の前を通るとき、尾行者は横へ添って来た。一歩先へも出た。道草もした。小さな褐色のイヌだ。ポストを右に見て通り過ぎ、大学前の停留場の方へ出て、上石引町を歩いた。ついて来る。店のガラス戸に映る。一メートルとは離れていない。道草をしては、また追って来る。「ベニー」の前から UT 医院の方へ。振り向く。尾行者は足を速める。とっさに、ある考えが浮かんだ。どこへでも行ける!
 Octo の家へ行くときに大抵下りて行く坂の近くへ来た。そこを下りる予定だった。ところが、向こうに一匹の大型の白いイヌがいるのを、尾行者も被尾行者も認めた。被尾行者にはほとんど眼中にない対象だったが、尾行者にとっては、それは大きな存在だった。尾行者はもはや、ぼくについて坂を下りようとはしないで、小立野新町をかの白い魅惑者に向かって直進した。いや、しようとしたのだ。ぼくは小さな彼(「彼女」かもしれない)を見た。もう、飽きちゃったのか? そのとき、目と目がぶつかった。小動物の黒みがかった茶色の目は、寂しそうだった。「ついて来る。」こう信じて、ぼくは振り返りもしないで坂を下りた。平坦になるところまで下りた。小刻みな足音はついて来ない。恐る恐る後ろを見た。誰もいない—。ネコ一匹、イヌ一匹—(「イヌ一匹いない」ではいけない。一匹いたらそれでよかったのだ—)。…空は灰色で、地面は茶色だった。引き返した。いた、いた。走っている。ああ、一緒になった。戯れている、白と褐色と。ぼくは彼らに接近した。[つづく]

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