2013年5月24日金曜日

新日本展覧会


高校(1 年生)時代の交換日記から

Sam: 1951 年 9 月 19 日(水)晴れ

 どこにいても肩身が狭い。何という大きなへだたりだろう。きっとFunny はぼくよりももっと弱っているだろう。彼のことだから、いくらかは誇張して、たとえば、大接戦で惜敗したとか、コンディションが最悪であったとか、とにかく自分を大きく浮き立たせて吹聴しているかもしれない。しかし、一時間だけの欠課なのに、かなり迷った。

 生物部に属している Keti 君が葉緑素に関する実験を済ませるのを待って、二人で日本交通公社
(注 1)へ行く。片山津までは旅費六八円(もちろん団体割引)、旅館休憩料が五〇円だそうである。思ったより安くつくので、まず安心した。いろいろなパンフレットなどを貰った。
 出口のところまで来て、あわてて引き返し、エレベーターで五階へ行き、新日本展覧会(はっきりとは覚えていないが、確かそうだった)を見る。回顧編のところは、片山内閣、芦田内閣、吉田第一次内閣、吉田第四次内閣など、そんな写真が沢山並んでいるだけで、別に面白くもない。サンフランシスコ講和会議の写真もあったが、電送写真の方は一向にはっきりしない。ピリオドばかり並べて描いた絵のようだ。どこかテレビにも似ている
(注 2)。しかし、やっぱり、ぱっとしなくて、いけない。条約編の方は、そんなに読む気はしなかった。
引用時の注
  1. Sam は 2 年半後にここの社員になるだろうとは、このとき思ってもいなかっただろう。
  2. NHK が白黒テレビの本放送を開始したのは 1953 年 2 月 1 日のことであり、それより 1 年半ほど前のこの頃の「テレビ」というのは、デパートなどで見た試験放送の、まだきわめて低画質だった映像のことだろう。

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