2013年5月21日火曜日

将棋の長期戦


高校(1 年生)時代の交換日記から

Sam: 1951 年 9 月 17 日(月)晴れ

 Funny のところへ夕方、庭球の練習に行けなかったことを謝りに行ったつもりだったが、つい話が長くなって、庭球以外のことにも及び、とうとう、裏返せば銀はもとより馬や槍までが金に変るゲームをし始めた。第一回戦から接戦を演じ、ようやく苦境を脱して勝利を得た(ことは覚えているが、何回戦やったのか、多分三回か四回だったと思うが、はっきりしない)。
 われわれは一人の横見八段を横において開始した。横見八段は思いのほか静かで、やりよかった。しかし、彼のアドバイスは、どちらかといえば、ぼくに不利だった。ぼくは最初から大駒の交換によって損をし、それがたたって、終盤の前まではずっと苦しみ続けた。しかし、最後のドタン場でようやくふんばって、試合を長期戦に持込んだ。それからのぼくは、作戦が少しずつ図にあたって来た。幾度か詰めになりそうになりながらも、どうにか持ちこたえて、敵陣に陣取り、いわゆる逆駒にすることに成功し、みごと機会を掴んで、一挙に押し返して勝った。恐らくこの試合一つに一時間を要しただろう。それは横見八段をいらいらさせたが、致し方なかった。ぼくはゆっくりゆっくり先の先まで見通してから指して行くのだから。
 十時二十分! かなりの時間である。ボツボツしまいかけた店々を見ながら急いで家へ向かう。空には中秋の名月と呼ばれた夜から二日ほど経った月が小さく高くかかっていて、ときどき雲の陰に隠れた。
 し、ま、っ、た! 戸があかない。どうしても駄目だ。押す! 引く! どちらも駄目だ。どうしよう。ああ…!いっそ(いや、別に何のあてもない)。仕方がないから声を出そう。——でも——何だか気が引ける——早く、早く、早い方がいい——(一刻も)。コン(おかしいなあ?)バンハ!——(確かにヘン!)
 中は暗い。そのうちに微かに音がして人の呼吸が聞こえる。——キイキイキイ、一回、二回、三回…、七回、八(七回と半分だ)きしむむ音をたてて戸があけられた。
 かくして、ぼくはぼくの家へ帰った。[つづく]

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