2013年3月18日月曜日

ホームルームの海水浴行き(3):「本当の」海水浴と砂浜でのソフトボール


高校(1 年生)時代の交換日記から

Sam: 1951 年 7 月 29 日(日)快晴(つづき)

 Cou が遅れてバスで来た。汽車より十五円高いそうだ。われわれは本当の海水浴を開始した。波はやはり高い。海に入っているときは、どこの海水浴場も変わりはないと思った。
 われわれは遊び道具を何も持っていなかったので、あんちゃんやおとっちゃんばかりでやっているソフトボールに試合を申し込んだ。すぐ、よろしいと返事してくれた。人数は向こうが八人、こちらが七人である。ぼくたちは後攻をとった。相手の三者を難なくかたづけて、ぼくたちの攻撃。ぼくは珍しくトップになれた(ジャンケンで決めたんだよ)。ところが、ショートフライで一死。しかし、続く二番打者から(ぼくより貧弱な打球ながら)、相手の凡失やら暴投やら鉢合わせで、一死のまま大量五点を獲得して、ぼくに再度打順が回って来た。今度こそはと打つと、さっきより少し深いショートフライ。「ショート、バック、バック、捕まえました。落としました。転びました」でセーフ。次打者の三塁ゴロで一挙に三塁に進み、一塁からの暴投でゆうゆうホームインした。三回表も四人の打者を迎えただけだった。ぼくたちは、またもや四、五点たたき出した。ぼくには毎回打順が回って来た。五回目のアットバットのとき、外野の塀(そんなものはない。陸揚げされた舟がその役)にワンバウンドでぶっつける当りを出したが、それがみんなの中で一番大きかった。
 NTM 君が西瓜を持ってきていたので、それを海に持込んで、奪い合いをして遊んだ。とても大きいのだが、ときどきどこへ行ったか分らなくなる。キョロキョロ見回していると背中のところにあったり、取ろうと思ってあわてて苦い液体に喉を通られたり。そのうち、西瓜は Keti の頭に当たって割れてしまった。そこで、急いで浜茶屋へ戻り、包丁で細分した。一同は、なくなるまで争って食べた。甘いはずの西瓜が、ときには、にがくどかったり、ジャリジャリと歯で摩擦を起こしたり、特別な味だった。(つづく)

2 件のコメント:

水瀬碧 さんのコメント...

海水浴...
臨海学校&海外に行ったときを思い出します(´;ω;`)

ソフトボール、同級生がやっていて、全国大会出場したときは、すっごく感動しました♥

Ted さんのコメント...

海外はどちらへ行かれたのでしょうか。