2013年3月14日木曜日

Romantic とは


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 7 月 27 日(金)晴れ

 自分の「時」が自分のものでないような気がする。十分に使いこなしていない。四角い箱の中へ丸いものをごろごろと入れて、沢山ある隙間の空気が押し出されていないままのような、そんな使い方だ。大きなものを見るには、まだまだ小さ過ぎるレンズ、その中に入るものだけを自分のものとして、満足しているような状態。

 それは…、本能の働きが加わっているに違いない。「本能!」これだけで片付けられるものだろうか。(科学の話のようだけれども、ぼくが経験する不可解な人間心理のことだ。)障害物だ。害虫だ。なぜこういうものが存在しなければならないのだろう。そして、そういうことの悦楽、歓喜。何という無意味だ。あってよいことだろうか。しかし、ある。抵抗し難い。

 縁側から首を乗り出して、セミの声が溢れさまよっている道路を見下ろして考えた。「Ted の最も軽蔑しているものの一つ」と Sam が書いたのは、約束したことをやっていないことかな、と。『復活』のニェフリュードフが福音書を読んでいて発見した「人は何事にまれ、誓いを立てて約束してはならぬ」という第三の戒律の意義はどんなことだろうと考えた。そうしているとき、Octo が来た。彼は滅多なことに賞賛の言葉を述べたり、好奇心を高めたりしないように見える。何が彼を支配しているかを想像することは難しい。
 すぐに Twelve が来て、われわれは Jack の家へ向かった。
 道々、romantic とは何かを考えた。結論は得られない。(つづく)

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