2013年3月27日水曜日

夏休み中の登校日


高校(1 年生)時代の交換日記から

Sam: 1951 年 8 月 4 日(土)(つづき)

 きょうは町内の海行きである。七時半頃にバスが来て、町内の健康で有閑な人間の大部分がそれに乗りこんだ。ぼくも行きたいが、残念ながら登校日だ。八時のサイレンと同時に家を出る。何だか学校へ行くのが恐ろしいような変な気持だ。「オス!」「お早う!」「やあ」などということばを始終いっていなければならない。
 Funny とダルマさんが雑談しているのを見つけた。久しく会わなかった(ダルマさんには、先日、Ted をおっぽり出して会ったが)のだけれども、話しは何から何までみんな分っているような気がした。2 日にした約束通り、ダルマさんがぼくに一通の手紙を見せてくれた。差出人の住所氏名はローマ字で書いてある。カナザワシナガタホンマチまではようやく読めたが、次が h か k かよく分らないあいまいな字だった。便箋を取り出す。二枚ある。紙は上等でも下等でもなく、派手でもなかったが、汚れてもいなかった。ちょっとまとまった字である。一目見て(書体よりも文体で)、大人になれば父親になる性の人間でないことが分った。例えば、「…ですわ」、「オホ…」、「…ですよ」である。ダルマさんのホームメートが来たが、先生からの手紙といってごまかしていた。ぼくは大げさに感心したり、不審がったり、笑ったりした。ミステークがおびただしくある。字の誤りでなく、文章の誤りである。
(注 1)
 そうこうしているうちに始まった。8 ホームの欠席者は六名である。『二水新聞』第十四号が無料配布された。特別会計から予算を貰うために無料なのだそうだ。やっぱり面白くない。タプロイド版二ページなのに、読みたいと思うところは皆無である。いかに無料とはいえ、いや無料ならもっともっとよくすべきだ。
 清掃主任の先生が欠席とかで、清掃はしなくてもよかった。さっそく図書館へ行き、本を返してから、各々違う目的で二冊を借りた。帰宅したら、まだ十時になっていなかった。それで、いつもの何分の一かではあったけれど、ぼくのものでない時間を与え、やや早く昼食を済ませて、「男の涙」の歌手
(注 2)に田の字を加えた友人と二人で電車に乗り、町内から行っている海水浴場に向う。(つづく)
引用時の注
  1. 私が 7 月 30 日付け日記の後半に書いた、Jack が S さんの手紙を見せてくれた話によく似ている。当時の高校生たちにありがちな情景だったか。
  2. 岡晴夫。1949 年の新東宝映画『男の涙』主題歌、高橋掬太郎・作詞、上原げんと・作曲の「男の涙(夜の裏町)」を歌っていた。

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