2013年3月13日水曜日

鼻緒/Ted の会話は…


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 7 月 26 日(木)晴れ(つづき)

 ぼくの報道によってSam の頭の中で形作られていた「十二時間君」は、実際の MR 君と比べてどうだったかね。ぼくが Sam と彼を互いに紹介しなければならなかったのに、失礼した。Sam と Jack に伴われて「宮殿」へ行ったときのような、いや、それよりも悪い状態を MR 君との間で作り出したのは、きょうばかりは何だか気のおける Sam がいたせいだといいたいね。
 一本の糸でつながった下駄の鼻緒で、Octo の家へ何とかたどりついた。彼に紐を貰ったが、下駄の裏に打ちつけてある金具がはずせないから、穴へ通さないで、いいかげんに巻きつけた。昨日に続いて不愉快な帰り方だ。こんなことをしていたら、祖父の葉書とぼくの葉書二枚を投函し忘れて帰って来てしまった。ぼくのは、「そんなことでイカーン」先生と、Jubei-san が次のような「横顔」原稿を書いた先生に宛てたものだ(この原稿は、その先生自身によって『紫錦』への掲載がボツにされた。そんなことをするから、われわれが卒業するときの号で、先生は Sam と TKD 君の筆の餌食になった。Jubei-san の原稿は、彼が可愛そうだったから、ぼくの「半不要」のものの中へつっこんで保存していた。しかし、二枚目は見当たらず、ここに一枚目を半公開する)。
 かつて戦場の土地を踏んだ軍隊靴を半靴として、授業始まりのベルとともに、ドスドスと靴音を重く長く響かせながら、リーダーを片手に教壇へと立つ先生の顔、金歯、手、靴、総じて親しさを感じさせ、教室が明るくなる。何といっても、先生を特色づけるものは、あの靴であろう。形といい、靴音といい、いまさらながら神の神技振りに感心させられる。先生を少なからず敬遠している者があるならば、象徴的な先生の靴を研究し理解すれば、心中も解り、近づきやすいようになるであろう。先生の授業は靴のようではない。授業も半ば過ぎようものなら、黒板をドンドンと打ち、手真似や顔筋の巧みな操りによって講義される様子は、絶対、役者に劣るものではない。自分が常に感心させられることは、先生が坊主にして、英語を前記のように[熱心に教え]、そしてまた、野球観覧をすること、どこに興味を感じたかは知らないが、その観覧振りは…

 「馬鹿野郎!」と、下品な罵声が聞こえる。すべての理性を失ったかのように叫び合っている。どこでだろう。何のことだろう。白地に黒で書かれた「城東木材…」の文字だけが見える暗さだ。
 昼の間、手にうろこのように輝いていた汗の玉は、いまは見られない。能率的な涼しさだ。

Sam: 1951 年 7 月 26 日(木)快晴

 午後は沈黙の時間が多かった。十時に朝食とも昼食ともつかないものを食べたあと、相当に歩いて、相当に沈黙の時間をもった。不規則な半日だったので、少し体の調子がくずれかかった。
 こんなことをいって、Ted を苦しめたりはしたくない。けれども、Ted の会話は弾力性のないものであることがしみじみ分った
(注 1)。「京大を目指して」の彼は好感がもてる。きょうの彼はいつもの本当の彼ではないとぼくは見る。

引用時の注
  1. 当時の私は、まったくその通りだった。いまでも、話相手あるいは状況によっては、そういう状態になる。

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