2013年2月2日土曜日

Jack の転居先で


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 7 月 6 日(金)晴れ(つづき)

 われわれ四人(Jack、Lotus、TKR 君、ぼく)は、誰かが『坊ちゃん』に出てくる「狸」のようだといった紫中の先生に追いつかれ、声をかけられた。下地先生ともあろう人でも、われわれ同士が出会ったときにするのと違わない質問をされる。われわれは「本屋です」と答えた。そして、われわれがなぜこの時間にここを歩いていることが出来るかを説明した。Lotus は、漢文がどうだこうだと話した。試験は出来たかと問われた Jack は、「なんも出来なんだ」と答えた。
 われわれは Jack の新しい家に来た。玄関の天井を見て、父の生まれた田舎の家を思い浮かべた。がらんとして高いのだ。TKR 君が真っ先に、続いて Lotus が小母さんに「お邪魔します」といって、そして、しんがりにぼくが入った。新しいが質素な家で、前の家より明るいのがよい。話が出て、パンが出る。笑いも出た。
 Lotus「MRT 君との約束を破ってしまった。」
 Jack「コンペ?」
(注 1)
 Lotus「うん。」
 TKR 君「そして、わしの約束も!」いまだとばかりに、TKR 君は彼の憤りを発表した。
 Lotus「君と約束したかいヤ? いつ?」
 TKR 君「木曜日の英語の試験のとき。」昨日のことを木曜日だって。
 Lotus「いつ会う約束だった?」
 TKR 君「金曜日。」
 Lotus「なん時?」
 TKR 君「午後。」
 Lotus「で、君、金曜日に来なかったじゃないか!」
 試験が済んだらすべてが済んだような気がしてならないと洩らした Lotus は、きょうを日曜日だと思っている。「金曜日」に、彼は二つの約束を破って、映画に行ったのである。そして、その一方の相手とは、偶然にもその日のうちに会って、曲がりなりにも約束を果たしている。
 漱石が『こころ』の中で罪悪だといっていると Sam が教えてくれたことの小さな話が、また出る。「また」というのは、Lotus と会えば、必ずその話が出るからだ。彼は Minnie について、うわさ話をした。そこに Funny でなく、Sam の名が出てくるから、うわさ話のでたらめさが知れる。Jack は後ろ頭を畳につけ、脚を組んで、早く他の話に変えて欲しいという顔で聞いていた。ぼくを除くわれわれ(第一人称単数を含まない第一人称複数を表す言葉が欲しい)は、海の話もした。貝獲りの醍醐味がその中心だった。

 われわれが集まっているときの中心は、どうしても「罪悪」の対象を木曽坂の途中の家に持っている Lotus だ。彼の発言や叫びは小説的だ。Jack の机の上に英語の虎の巻を見つけて、「おう! わが同胞よ!」といったり、壁を這っていたアリを Jack が厳かに殺すのを見て、「ああ! 神様、彼は彼の犯罪について法廷で黙秘権を行使するでしょう。しかし!」といって、祈ったり、がぜん、彼の父の職業である弁護士の真似をしたりする。
 Jack の家を出たのは四時頃。われわれは木曽坂を通って帰ることになる。Lotus は、途中で TKR 君とぼくを真っすぐ行かせて、遠回りをした。彼が出会うことをなぜか避けた「罪悪」の対象は、『波』の著者と同姓だと何度も聞いたが、ぼくのさっぱり知らない人物だ
(注 2)。紫中に在学しているそうだ。遠回りした Lotus とまた一緒になって、彼の家の前で別れる。彼は丁寧にも、TKR 君とぼくの姓を別々に呼んで、その後に一人分ずつの「さようなら」をつけた。(注 3)(つづく)
引用時の注
  1. MRT 君と同姓の学生が同学年に 3 人いたので(われわれが親しくしていたのはその中の 2 人だったが)、あだ名で確認したのだ。
  2. 「さっぱり知らない」と書いたが、いまになってふと気づいた。それは、私たちが卒業した後の中学校の新聞の論説欄に、私が以前書いた論説をほとんどそっくり真似た文を書いていて、私を嬉しいような悲しいような気にさせた女生徒ではなかったか。いずれにしても 60 年あまり前の話である。Lotus は 30 年ほど前に早くも故人となった。
  3. この日の Jack の家でのことは、別の日の Lotus の家でのことと合わせて、私が翌夏、国語の宿題として書いた創作「夏空に輝く星」の一場面に利用している。

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