2013年2月4日月曜日

ゴンベン・コレクション


高校(1 年生)時代の交換日記から

Sam: 1951 年 7 月 6 日(金)雨のち晴れ

 ぼくは、いつでも、どんなときでも、「何とかなる」で済ましていて、後で残念がったり、不十分だったのを仕方ないとあきらめたりしている。一斉テストの日が迫っているというのに、ラジオの番組にはどうしても耳をそばだてるし、Ted の厖大な通信文も消化したいと思う。「そうですか」、「それもよいだろう」。いかにもあいまいな言葉。放送劇の登場人物がこんな言葉で特徴づけられていた。いつまで聞いていたって仕方がない。次は「俗曲の時間」だから、思いきってスイッチを切ろう。

 学校の方は、英語のテスト以外、大したことはなかった。そうそう、アセンブリーがあったが、きょうは聴講(?)しなかった。サボったのでないことは、いうまでもなかろう。「盗難の恐れあり」と、各ホームで二名、アセンブリーの時間に当番が残ることになったのである。きょうは、ぼくと Keti(ケチンボという意味に聞こえるかもしれないが、そうではない。「慶一郎」がつづまってこう呼ばれるようになったもの)委員長と二人で残る。誰々から順番という想定はない。絹中教官の時事解説という予定だったので、またやかましくてロクに分りもしないだろうと思っていた矢先、Keti からホームに残らないかといわれ、そうしたのだ。

 こんなときには、礼儀として教室の掃除をするのが習慣に近いものになっているが、ぼくは衛生室の掃除に当たっていたし、Keti も絶対反対だから、しないことにした。それで、二人で「ゴンベン・コレクション」をする。Neg、Funny、それにぼくが同じクラスだった頃よくやっていたものだが、ぼくがちょっと新しそうな名で呼んでみただけである。Keti から始める。「語」と来た。ぼくが「話」を続ける。「談」「講」「討」「論」「諭」と続く。ぼくが「説」と書いてから、ハタと後が続かなくなってしまった。Keti が「やめる」といい出したが、「まだまだあるだろう」といって、続けさせた。「見」や「莫」をつくりにした新造漢字が出たりするかと思えば、「誰」「計」などという字がずっと後になってやっと出て来た。連想の働きは、こんなとき巧みに現れる。例えば、「訴」と書けば、「訟」と来るし、「諷」と書けば「諧」と来る。時間が終わったとき合計したら、58 あった。

 こうやってカジッている
(注 1)耳に、ロータリーのところで行なわれている盆踊りの「金沢音頭」や「炭坑節」の騒音が入ってくる*。夜だから、遠くまで伝わるのだろう。でもいまのぼくは、見に行きたくもないし、見に行かれもしない。
Ted による欄外注記
 * これといい、七日の色紙のことといい、ぼくの書いたのと偶然にも全く同じ。次ページと六ページ後にもそういうところがある(注 2)。
引用時の注
  1. 勉強している、の意。
  2. 7 月 7 日の「大学受験」の言葉と、10 日の「ないないづくし」のような文。ノートを交換してこのことに気づいたのは 11 日だった。

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