2013年2月14日木曜日

勝つことを目的としない


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 7 月 11 日(水)雨のち曇り(つづき)

 追いついて来た Lotus は、国語甲を除く全科目の通知簿の点を見て来たといった。Jack が「生物は?」と尋ねると、Lotus は「9、9、9 に 8 が一つあったかな」といって、さらに続けた。「生物の試験は、わしらのレッスンで、ぼくが一番だったからな。」これをいうときの彼の口調は、誇らしさに謙遜をそえたものだった。それから彼は、習字と体操の点をいい、素点についての次のような解釈を述べた(ぼくは疑問に思う)。「自分の能力に応じて、いかに努力したかを表してあるのだ」と。この解釈によれば、彼の習字の点は、能力だけが十二分にあることを示しているようだ。

 Jack の家からの帰途、過去に持った九回の夏休みを想起させる色合いのみなぎる医大グランドに、Octo が彼の町内のいろいろな年齢の子どもたちといるのを見た。彼らは、ぼくがしたい唯一のスポーツをしていた。野球といえば、石引小時代に松枝小の大根投手と張り合った名選手は不遇である。わが校のクラブは勝つことを目的としないのだから
(注 1)。先に臼杵高校のことを書いたので、ことさらに彼の姿が目に浮かぶ。きょうの放課後も、彼は、編集室横のテニスコート脇で、乾ききっていない土を左足で蹴上げるようにしながら、ひとり捕手を相手にピッチングをしていた——。

 ラジオの音は、いつどこで、どんな気持で聞いても、環境にも心にも調和するように思える。母がまだ帰宅していなくて、横隔膜の下がぐうぐういっているいまでも——。

引用時の注
  1. ここに書いた名選手 UW 君は、小学校時代には大根投手に勝るとも劣らない剛球投手だったが(松枝小との対戦成績は 2 勝 2 敗)、肩を壊したのか、中学時代からは一塁手として活躍した。それで、このあとに書いてあるように、高校時代にもピッチングしている姿を見たということは、すっかり忘れていた。投手に復帰できないかと、痛めた肩の調子を見ていたのだろうか。「勝つことを目的としない」わが校の野球部だったが、この翌年、われわれが 2 年生の秋には、大根投手を擁する金沢桜丘高校と北信越大会決勝戦で対決し、惜敗はしたが、準優勝する活躍をした。

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