2013年2月11日月曜日

祖父転勤時の送別サイン帳


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 7 月 9 日(月)薄曇り(つづき)

 鞄を置いただけで、まだ腰を落ち着けないうちに、行李から書類や手紙を出して整理していた祖父が、何とかいって、一冊のノートを見せ始めた。祖父が広島高等師範学校から満州へ転勤したときの送別サイン帳だ。サイン帳はいつ誰が見ても、何らかの力強いメッセージを受け取れるもののようだ。
 数学の先生のサインには、π= 3.14159265358979... (ここまでなら覚えているが、この三倍ほど書いてあった)とあるし、英語の先生は英語で書いてあった。三角形の下に半円形をくっつけた図を描いたのもあった。それは、祖父の説明によると、人には丸いところも尖ったところも必要だということを表したものだそうだ。どれもが、光るような黒さの墨で書いてある。
 クレオンを二本並べて引いたような太さと鉛筆より細い線とを巧みに混ぜて、力の溢れている感じを出した「誠」一字のがあるかと思えば、長ったらしい歌の文句もある。祖父は高価な書籍よりも、このよれよれのノートを大切にかかえて引き揚げて来たのだ。余白は祖父の引き揚げ直後の日記に使われている。このノートの働きぶりは、Sam の日記帳からわれわれの通信帳の一冊になった「自由日記」にまさる。

 母が毎週の『週刊朝日』を学校から借りて来るので見ているが、毎号決まって読むのは Blondie の漫画
(注 1)だけだ。Blondie は初めに下の英文を読む。意味が取れないと、繰り返して読む。そうすると、いくらか意味が感じ取れて(注 2)来る。いつ見ても、Blondie はしっかりとして、しゃぁしゃぁとして、愛情たっぷりであり、Dagwood は間が抜けて気の毒な役ばかり演じているが、このことが彼らを、いかにも親しみある存在にしている。
引用時の注
  1. 『ウィキペディア』の「ブロンディ (漫画)」のページによれば、この漫画が『週刊朝日』に連載されたのは 1946 年から 1956 年だというから、このとき、ちょうど連載の半ばだったのである。
  2. ここで、「なければならないかもしれないノートブック」と題した 6 冊目の交換日記帳(前表紙に「二号 A列5 正四十枚 定価八円十銭 北陸紙製品工業株式会社製」と印刷した厚紙が貼ってあるが、このノート自体のものかどうか分らない。後ろ表紙には別種の、廃物利用した厚紙が貼ってあり、両表紙を合わせて、わら半紙でカバーしてある)が終りとなり、以下、"It is imperfect. But ..." と題した 8 冊目に続けて書いている。これは、敗戦直後に入手した、まことに粗末な品質の、無罫・ざら紙のノートで、製作会社の表示もない。これらのノートは私が提供し、題名も私がつけた。(7 冊目は、このとき Sam の手もとにあった、 Sam 提供の無題のノートで、なおしばらく使われる。)

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