2013年2月12日火曜日

『復活』主人公の変化


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 7 月 10 日(火)曇り

 四十分授業の時期となる。国語甲の試験の批評がある。九十点台に達しないのは、坪内の背番号だけ不足するぼくを始め、全員である。Vicky の点を開平すると中谷の背番号になる。彼女はどんな顔をしていたか知らない。国語甲も乙も、丁寧過ぎるほどに書かないと、完全な点が与えられないのだと分った。
 放課後、校内球技大会の排球が行なわれる。五つのコートの縁に、昨日ときょうの暑さで一度に灰色がかってしまったぼくのシャツの袖より、はるかに鮮やかな白の線が引かれていた。試合はやはり mixed だ。応援しなくても、わがホームの実力が、相手の実力プラス応援によって奮い起こされる余分の力を上回れば、勝ってくれるだろう。

 昨日のまとまりのない考えに関係のあることが、偶然にも、『復活』の中に出て来た。次のように書いてあるのだ。「あの時分は彼は、自分の精神的存在を真の自我と考えていたが、今では、自分の健康な、大胆な、動物的自我を、自分の本体と考えていた。」この、彼自身には分らないが、彼にとって悲惨な変化を生じさせたのは、「ただ彼が自分を信ずることを止めて、他人を信じ始めたからであった」と。認めることと信じること、あるいは承認と信頼、を頭の中で混同させていたようだ。
(注 1)

 ホームルーム時、夏休み中に海水浴に行く場所を決める。アドバイザーは、ぼくの気持を知るかのように、ホームルーム委員に代って司会をして下さった(実は時間があまりなかったからだが)ので、助かった。そういうことを決める必要を感じたことのないぼくだから、どんなへまをやらないとも限らなかった。

引用時の注
  1. 60 余年も前のことであり、このとき何を考えていたのか正確には思い出せないが、おおよそ次のようなことだろうか。たとえば、自分以外にも優れた同級生がいることを「認め」なければならない、という表現で考えるのは、『復活』の主人公ネフリュードフが「自分を信じていた」のに似て、自己中心的な見方である(前日の日記の前半に「これを認め…」という表現があった。そこに「認め」の語のある理由が不明だったので、最初の掲載時にこれを削除したが、この日の日記の「認めること」を見て、ここにつながる意味があったと気づき、それを復活させた)。ネフリュードフが「他人を信じ始めた」ように、そこから脱皮して、自分以外にも「信頼」性の高い、すなわち、優れた同級生は当然存在するのだ、という客観的な見方をすべきだ。——ただし、ネフリュードフにとって、ここに記されている変化は、文中にもあるように、悲惨な結果をもたらしたものであり、自らに同様な変化を求めるのは奇妙とも思えるが…。

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