2013年2月25日月曜日

新しいものを教える困難/祖父と風呂屋へ


高校(1 年生)時代の交換日記から

Sam: 1951 年 7 月 18 日(水)快晴

 朝のうち、家の中はテンヤワンヤだった。狭い家が超満員になって、上を下への大騒ぎ。たいしたものだ。これから毎日こんな日が続くと思うと、はなはだ愉快になる(そんなによい意味でなくて)。
 全く新しいものを教え込むということは、生易しくはない。ぼくはわけて下手なのかもしれない。いや、別に Ted と将棋のことについてだけいっているのではない。まず、それに興味を抱かせ、難しいもの、分りにくいものでないことを納得させ、ぼつぼつ手ほどきするのが一番(ともいえまいが)よい方法ではないかと思うが、なかなかうまくいくものではない。

 誰かの家よりは、ぼくの家では時間が長いと思ったろう? へんてこなところで Ted を置いてけぼり同様にして別れたので、気の毒だった。すぐ学校へ行ったが、時間は少しだけ早かった。
 きょうは、第三指と第四指の練習を主にする。第三指のつもりで第二指を動かしたり、違ったキィをたたいて平気でいたり、指の感覚がマヒしてしまったようだった。

Ted: 1951 年 7 月 18 日(水)晴れ

 朝から風呂へ行く。ぜいたくだって? いやいや、これは辛い仕事だよ。祖父を連れて行くのだ。耳は遠いし、脚はおぼつかないし、…。風呂がすいているときに行かなければならないのだ。

 Sam のいう「へんてこなところ」で別れてからのぼくはどうしたかって? どうもこうもないさ。何度来ているか知らないが、道を覚えることはきわめて下手なので、うっかりすると「へんてこ」という言葉のもとになっている家のある小路へ迷い込むかもしれなかった。それでも、足の向くままに行進した。昨日対面し、きょう葉書が訪れているはずの友の家の見えるところで、やっと自分がどこにいるか分った。そして、その家の前を通らないで、初めての道をたどって帰ることにした。

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