2013年4月30日火曜日

ターザンの映画


高校(1 年生)時代の交換日記から

Sam: 1951 年 8 月 30 日(火)晴れ(つづき)

 学校を出たのは三時五分、家へ帰って大和の前へ行ってみたら、ちょうど三時四十分になっていた。五階まで二回ばかり往復し、二つの出入り口を五、六回まわってからやっと Ted が来た。やれやれと思う。妙に神経を使わせ、そして疲れさせる——。
 何とトンマなんだい。こんなに涼しくさせられて温かくされたことは初めてだ。「おめでたき世間知らず」である。Ted は Sam をどんな目で見たかしれないが、たまらなく気の毒で恥ずかしく、その処置にほとほと困った。
 ついに Ted の午後は全然台無しになった。もし得たものがあるとすれば、そこに何か教訓めいたことが考えられるかもしれない。間抜けの(というと『白雪姫』の「抜け作」を思い出すが、そんなコッケイ味のないところの)ぼくは、Ted と反対方向に歩きながら悲しくなった。(注 1)
 おそるおそる先ほど使用しようとした紙片を渡して館内へ入る。暗い! アッ! ボーイが危うく先をかわしたかたわらに白人が倒れている。——チーターが木から木をつたって走っていく。——木の上のターザン、……純金で作られた生命の木とヘビを持って、二人の白人が逃げていく。園前に仁王立ちになったターザン。彼らは持ち物をその場において、くるりと後ろ向きになり、一目散に逃げる。と、わずか数歩走って、彼らは人食い沼に落ち込んだ。みるみる体は引きずり込まれていく。頭が隠れて、手だけが二本、沼上に出ている。その手が花を掴んだ。そして、その花とともに沼の奥深く没していった。……
 神の怒りをしずめるために犠牲となり、いまや風前の灯火となったボーイの命は、ターザンが生命の木とヘビを持ち帰ったことによって救われた。……The End. レコードが三曲ばかりかかった。……全国高校野球選手権大会決勝戦などのニュース。……R.K.O.(注 2)……ジェーンが文明国から帰ってくる。それといっしょに彼女の父の友人の探検隊が来る。……(最初はまずお決まりの筋だ。)(細かく説明すれば長いから、以下は省略する。)
引用時の注
  1. このときのことを全く覚えていないが、 Sam が私に譲ってくれた映画館の招待券が、期限切れで使えなかったということだったか。あるいは、「ターザンの映画なら、京都で見て来た」と私がいった可能性も考えられる。伯母と何かの映画を見に行った日の夕食のとき、伯父が「映画は面白かったか」と聞いたのに対して、私は多分「はい」とぐらいしか答えなかったであろう。そこで、伯母が「ライオンがウォーッと出て来たね」などと話した記憶があり、それはターザンの映画だった可能性があるからである。Sam がこのあと、「おそるおそる先ほど使用しようとした紙片を渡して」と書いたり、映画の内容を記したりしていることからは、先の推定の方が、より確からしく思われる。他方、Sam が自分を「おめでたき世間知らず」と書いていることを見れば、当時、封切りの映画が地方都市では遅れて上映されていたことから、私が京都でターザンの映画を見て来ていた可能性を考えるべきだったのに、そこに気づかなかったことを恥じているようである。券の期限切れに気づかなかったのならば、「いかにもうかつだった」とでも書けばよいことである。——過去の日記からは、いろいろと謎が出て来る。
  2. Sam は、この略号と合わせて、逆三角の中に雷印の入った RKO Pictures のロゴを小さく描いている。

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