2013年4月23日火曜日

即製褌でプールに飛び込む


高校(1 年生)時代の交換日記から

Sam: 1951 年 8 月 27 日(月)晴れ

 第一限 大掃除
  二限 始業式
  三限 ホームルーム
  四限 45
(注 1)
  五限 21
  六限 11
と黒板に書いてある。ぼくは教室の掃除にあたった。始業式は、校長の簡単な訓話で終わった。最初と最後がとっても味気ない訓話だった。サンフランシスコ講和会議をワシントン、ワシントンといっておられたので、くすぐったかった。優勝旗が三本、カップが八、盾が二、おそらく県体などでの優勝に対するものであろう。ホームへ行って、HRA から二学期に際しての話があり、ホームの役員改選をした。
 第四限からさっそく授業開始。保健体育である。ぼくが「何をするのですか」と聞いたら、「"一体" で体重測定をして後、プールで水泳の予定」と返事される。体重は六月に比べて 1 kg 減であった。ゲッソリする。
 新学期早々から誰も褌なんか持って来ていないのに、Kinta 先生、強硬な態度である。「どうしてもプールに入って泳げ、褌ぐらいなくっても恥ずかしいことなんかあるか」である。ぼくは仕方なく即製褌でプールの中に飛び込んだ。ぼくを入れて八人ばかりしかいなかった。Kinta 先生自らも海水パンツをはいて来て泳ぐ。たいして上手ではない。この次は「どんな種目(フォームといった方がよさそう)でもよいから、100 m 泳げ」と命令。ぼくはその半分だって、やっとこなんだ。困ったナ。
 次の英語は、さっそく一学期の続きをする。商業は二学期に関しての話だった。
 放課後、委員会室で執行委員会が開かれ、早くも十月の運動会のことが議題として提出された。
引用時の注
  1. 添字もある算用数字の意味は不明。Sam の通っていた高校に特有の記号であろう。

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