2013年4月7日日曜日

町内対抗少年野球試合


高校(1 年生)時代の交換日記から

Sam: 1951 年 8 月 15 日(水)晴れ

 Ted よ! 「続々枕草子」を書いてくれたまえ!
(注 1) ぼくはだんだんこのノートから離れて行きそうだ。

 十時半から犀川スポーツパラダイスで、宝船路町チームの少年野球試合第一回戦がある。ぼくの守備位置にあたるところは雑草がやたらに繁っていて、おまけに地面はガタガタである。それで、守備をするときはベースから 5 m ほども前へ出て、バントに対して構えるような形になる。猛ライナーにでもあおうものなら、受け止める余裕がないだろう。遊撃、左翼、中堅などは、ぼくよりもさらにコンディションの悪いところで守っていた。
 両軍とも打撃はてんでお話にならない。ぼくたちのチームは相手のトップバッターを四球で歩かせたが、次打者のショートライナーで併殺し、さい先のよいスタートをした。その裏、二人の四球と一安打で無死満塁としたが、四、五番打者が三振と凡フライに倒れたため、二死となり、六番打者の四球で押し出しの一点をあげた。しかし、七番打者は三振してチェンジ。ぼくたちは相手に三点だけ与えた。ぼくの守備は、内野安打を一本許した(もちろん、イレギュラーバウンドのため)が、刺殺二つと挟殺の際の刺殺を一つとった。
(注 2)

 正午頃家に帰ると、ホームルーム・アドバイザーが来ていかれたと祖母が話してくれた。何のためだろう。
 午後、同じ場所で片町との試合をしたが、今度は一回表に九点を許し、 33 対 1 のスコアで敗退した。おそらく、大会新記録になることだろう。
引用時の注
  1. これより先に私が「続枕草子」という形で、古文体で Sam に何か苦言を呈したことがある。それで、この日まで日記を 9 日分書けなかったことについて再度苦言を貰う必要がある、ということをこのように表現したのである。
  2. このあとを読むと、Sam たちの宝船路町チームは一回戦を勝ち抜いたようだが、同チームの最終得点が書いてない。また、一回戦の相手チームが何町か分らない。夜、眠気と戦いながら書いたのだろう。

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