2013年4月18日木曜日

Jack がぼくに手伝わせた


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 8 月 22 日(水)晴れ、午後一時曇り(つづき)

 Jack の家へ傘を返しに行き、とうとう今月十一日以来、連続して彼に会うことになった。この四十一日間の休暇中、帽子をかぶらない日も一日もないことになるだろう。
 Jack は危険だ。きょう学校へ行ったのかと思ったら、行かなかったそうだ。油車、油車と書いている。似ていてそれでない方が、ぼくには張り合いがある。いや、あり過ぎる。Jack は、ぼくも考えはしたが困難だと思ったことを、もっと難化させて、その仕事をぼくに手伝わせた。それはするべきことではない。何も盛れないばかりか、はなはだしく奇形なものになる。いずれにせよ、したくない。しかし、させられた(注 1)。あとは構わないことにする。そのことになると…。そのことでなくても…。ああ、悪魔!

 「静かになりなさい。静かになりなさい。」
 「涙が欲しい。泣けるだけ泣きたい。」

 どう有利な解釈をしても、山本有三の『心に太陽を持て』の題名をそのまま使った小説を書く前の Lotus に(中学一年の冬休みのことだ)「笑ってばかりいるのはどうかと思」われたほど、いまは笑っていられるぼくではない。Lotus の小説は、彼対われわれ(Twelve を初め、Jack や Octo も入っているかもしれないが、皆、ぼくと同様に笑ってばかりいた者たちだろう。何といっても、Twelve が深刻な対立者だった)のトラブル記のようなものだった。その中のぼくは、武者小路実篤の「ダルマさん」のようだったかもしれない。ぼくは、あれから変っている。Lotus も同様の小説はもう書かないだろう。もし書いたとしても、その中に登場する Lotus 自身もぼくも相当変化した者でなければならない。ぼくは彼にいいたいことが沢山あるように思うのだが、実際にはいいたくないことや、彼の知っていることばかりのような気もする。(何を書こうとしていたのだっけ?)
引用時の注
  1. 何をさせられたのか、まったく記憶にないが、文脈からは、Jack が「ピアノの S さん」に渡す手紙に協力して共同執筆したのかと想像される。

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