2013年4月7日日曜日

生徒会活動と勉学の両立


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 8 月 15 日(水)晴れ

 うちばかりが暑いのかな? 何度アルコール柱を見ても三十度以上あり、大連の暑さのようには、からりとしていない。腕と鼻の下と背中から、塩分を含んだ水が最も激しく湧き出る。朝から疲れたような気分だ。ほうきで三十八度線を突破(これは母にだけ通じる言葉だった。借りている二階の部分が二部屋なので、その境界を三十八度線に例えて、二部屋とも掃くことを、これを突破するといっている)。
 ラジオでいま本校出演の「我等の学園」が始まった。Sam は聞いていないかい? 「ただひたすらに学問の道に進まんとするわれわれに悪魔はささやきかける…。」アセンブリーで見たのと同じだ。しかし、自分の学校の連中が放送しているのだと思うと、改めて真剣に聞く気になる。声が何だかたどたどしいぞ。「ホームルームの運営」(いつかも書いたのだが、聞きながらまた書き留めたい思いになる)。「一身上の都合」(という理由づけ)、…『二水新聞』(注 1)の「主張」にも論じられていたが、その最後の「結局 "生徒会と勉学は両立し得るか" ということは問題ではない。その可能性がどうであろうと両立されなければならないのである」とは、投げやりな感じだね。この主張者自身、どうなければならないかが分らないでいる。そして、両立されなければならないことだけを、理由もなく、くっつけたようだ。(注 2)(こうしているうちに終わってしまった。前にアセンブリーの記憶を反芻して、われわれの通信帳にちょっと記したのと同じ内容だったので、一言一句まで思い出したりした。)
 さて、予定の宿題をうっちゃって、別の大仕事にとりかかった。それがまだ終わっていないので、いまからする。(9:34)

 ついに完成。結果がどうであろうとも、なさなければならなかったことだし、これでベストを尽くしたのだから…、もうよいだろう。
 Sam に頼もうとしてまだ頼んでいなかったことがなくなってしまった。まずいものになっているかもしれないが、Sam と一緒にしたところで…。量だけは二人分ほどある。(注 3)(つづく)
引用時の注
  1. Sam のかよっていた高校の生徒会紙。
  2. これに関連して次のことを思い出す。私は高校 3 年のとき、生徒議会で生徒会長候補に推薦された。推薦者(Kies のニックネームで日記に登場している K・T 君)は、「生徒会と勉学が両立し得ることを示せる人物だと思う」などと推薦理由を述べたが、私はそれまで生徒会の要職についたことがなく、その自信がまったくなかったので、受験競争の激化を理由に辞退した。結局、生徒会長は 2 年生から選ばれた。
  3. 「別の大仕事」とは何だったのか、いまでは記憶にない。

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