2013年9月4日水曜日

「おぼしき事いはぬは…」


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 12 月 5 日(水)曇り一時雨

 どうすればその場に当たって自分の力を、どこかにひっかかって出て来なかったり、出し損なって方向違いに走ったりしないで出し切れるかぐらいは、周囲が平常とは違うのだから、考えてみないでもない。

 先生が皆の意見を聞く国語乙の授業は、整理番号順に当てて行かれた。いままでに何度も当てられたか自発的に発言した者は省かれたので、つまらなかった。『徒然草』第十九段に「おぼしき事いはぬは、腹ふくるるわざ…」とあったのを、「あはれ」と感じた。
 黒板にどこかの高校生のだという三首の短歌が書かれていて、その鑑賞をしてもよかったのだが、大抵の者は、第二芸術論についてそれを否定、または肯定する、あるいはそれらの中間を取る意見を述べた。Dan が「俳句は造花をするのと同じようなことだから…」といったのは、まとまった考え方の一つだった。
 第二芸術と考えないという論では、芭蕉や蕪村や啄木や日本独特のよさや簡潔で深遠ということなどが引き合いに出され、その反対の論では、字数の窮屈なこと、世界的でないこと、人生いかにあるべきかを詠んだ句が見当たらないこと、などが一人ひとりの短い論旨(というほどでもないが)の中心だった。
 何でもつらつらとしゃべればよいのに、「あと回しにして下さい」という者が数人いて、中学での音楽の歌唱試験のことが思い出された。NKM 君が「私は」といってから、「桑原武夫ですが」といったので、一同は笑った。桑原の原を隆起させて、山にしてしまい、Peanut 先生と混同したような名をいった者もいた。

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