2013年9月14日土曜日

敵と思ってはならないのだ


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 12 月 13 日(木)曇りときどき雨[つづき]

 SH 時に Crow 先生が、Iwayuru 先生の 14 ホームでは何千円ものホームルーム会費がたまっていて、今度、忘年会か新年会をするそうだといわれたので、SMM 君か Atcher が緊急企画委員会を開かなければと考えたらしく、放課後、残らなければならなかった。結局(Frog 先生でなくても、手っ取り早く肝心なことを述べようとするときに便利な言葉だ)、何も決まらなくて、明日の SH 時に、何か行なうかどうかと、行なう場合には日と会費をはかることになった。

 図画の時間の前に、12 番教室へ入って行くと、紫中同窓会の幹事長になった先輩が、教壇の上で HRO 先生に質問していた。黒板には、われわれが 10 日前に試験で制限時間内に読まなければならなかった『徒然草』第三十二段の、「月見るけしきなり。やがてかけこもらましかば、くちをしからまし」というところが書かれている。どこが疑問なのだろう。二年生の試験に出たのだろうか。

 分った。敵と思ってはならないのだ。少なくとも、何かの相手とさえ思ってもいけないのだ。でなければ、(注 1)負かすことの容易な相手に常に負けなければならないだろう。入学当初は敵と思わなかったから、何でもなかったじゃないか。(あるいは、Vicky がスランプだったのかもしれないが。)
引用時の注
  1. ここに「自ら課する精神的負担のために、」という句があれば分りやすいだろう。いまは「精神的負担」の代りに「プレッシャー」というのが流行だが、英語とは異なるアクセントで使われるこのカタカナ語を、私は好まない。

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