高校(1 年生)時代の交換日記から
Ted: 1951 年 6 月 30 日(土)晴れ
♪アルプスの牧場よォ…♪ 隣室の蓄音機がやかましい。
三限に予告なしで「試験が近づきましたから総復習をします」という名目での試験があった。教科書がようやく届いたこの科目での試験の総得点は、Vicky に劣ること十数点になっただろう。きょうも自信満々でヨウコ先生のところへ採点結果を見に行くと、思いがけないところで四点引かれている。示されている二つの値が 2 根である 2 次方程式を作れという問題で、2 次式だけを書いて、方程式にするのに必要な「= 0」を書かなかったのだ!
クラブ活動の時間、石川県高校文化連盟(これは、わが校の伊藤・久田両先生が提唱したものだ。Sam の学校も加盟しているから、5 円を支出しなければならないだろう)の新聞部というのが出来たので、参加するかどうかを「討議・採決」した。設立の会合に出席した 3 年生のメンバーが同部の目的・機構その他を説明し、続いて編集長の IN 君が「討議および採決します」といったのだが、われわれがしたのは挙手だけだった。全員が賛成した。次いで IN 君は、新聞の発行は二学期の初めになるといった。三限のことで気持がいくらかむしゃくしゃしていたので、この時間の他のことは心によく留められなかった。ただ、伊藤先生の次の言葉は、Sam に聞かせなければと思って聞いていた。
「N 高校の新聞を見ましたが、何先生が転任されたとか、誰々が何大学へ入ったとかいう、表面的な記録ばかりで、生徒が現在関心を持っている問題はどのようなことであるとかの、生徒の意志のにじみ出ている記事が少なく、わが校のものの方がはるかに優れていると思いました——過去におけるものは、ですね。これからのはどうか分かりませんが。」
帰宅後、これまで隣席のオタケ君のを見せて貰っていた解析 I の教科書をゆっくり広げて見ているところへ Tom が来た。「新聞出来たがやな」とすぐにいってやった(注 1)。魚の配達に忙しい SGN 君から先ほど聞いたばかりのことだ。部屋へ上げて、『紫錦』第 16 号を早速見せて貰う。1 号から 5 号の時代の、一ページが普通の新聞の 1/4 の大きさに逆戻りしているのは気に入らない。四ページある中の第二面にある編集後記に、スポーツを中心にして編集したと書いてある通り、徹底してスポーツずくめである。第四面に「生徒心得」がのさばっていて、なぜそれを載せたかという問いが、第一面に「懸賞問題」として記されている。スポーツマンシップについて書いた「論説」は、石引小野球チームの一塁手だった NSK 君の筆。漫画も野球関係。「優勝目指して」の写真入り記事は、野球部マネージャーの OMT 君が書いている。三面の 2/3 を占めているのは篭球の記事、…という具合だ。
Tom の主な要件は、不定詞についての質問だった。十分に指導を達成できないまま、彼を大学前まで送ることになった。彼は、来週の金曜に一斉テストがある(Sam の命名による「ウィルス的精神学者」先生が、毎学期に行なうことを主張して実施にいたったそうだ)、数学の試験もある、英語の暗記をしなければならない…など、もっぱら試験期のことを話した。他には、「諸君たち」や「紫錦台の苦虫」(注 2)を登場させたが、珍しく Becky(注 3)は出て来なかった。
Ted: 1951 年 6 月 30 日(土)晴れ
♪アルプスの牧場よォ…♪ 隣室の蓄音機がやかましい。
三限に予告なしで「試験が近づきましたから総復習をします」という名目での試験があった。教科書がようやく届いたこの科目での試験の総得点は、Vicky に劣ること十数点になっただろう。きょうも自信満々でヨウコ先生のところへ採点結果を見に行くと、思いがけないところで四点引かれている。示されている二つの値が 2 根である 2 次方程式を作れという問題で、2 次式だけを書いて、方程式にするのに必要な「= 0」を書かなかったのだ!
クラブ活動の時間、石川県高校文化連盟(これは、わが校の伊藤・久田両先生が提唱したものだ。Sam の学校も加盟しているから、5 円を支出しなければならないだろう)の新聞部というのが出来たので、参加するかどうかを「討議・採決」した。設立の会合に出席した 3 年生のメンバーが同部の目的・機構その他を説明し、続いて編集長の IN 君が「討議および採決します」といったのだが、われわれがしたのは挙手だけだった。全員が賛成した。次いで IN 君は、新聞の発行は二学期の初めになるといった。三限のことで気持がいくらかむしゃくしゃしていたので、この時間の他のことは心によく留められなかった。ただ、伊藤先生の次の言葉は、Sam に聞かせなければと思って聞いていた。
「N 高校の新聞を見ましたが、何先生が転任されたとか、誰々が何大学へ入ったとかいう、表面的な記録ばかりで、生徒が現在関心を持っている問題はどのようなことであるとかの、生徒の意志のにじみ出ている記事が少なく、わが校のものの方がはるかに優れていると思いました——過去におけるものは、ですね。これからのはどうか分かりませんが。」
帰宅後、これまで隣席のオタケ君のを見せて貰っていた解析 I の教科書をゆっくり広げて見ているところへ Tom が来た。「新聞出来たがやな」とすぐにいってやった(注 1)。魚の配達に忙しい SGN 君から先ほど聞いたばかりのことだ。部屋へ上げて、『紫錦』第 16 号を早速見せて貰う。1 号から 5 号の時代の、一ページが普通の新聞の 1/4 の大きさに逆戻りしているのは気に入らない。四ページある中の第二面にある編集後記に、スポーツを中心にして編集したと書いてある通り、徹底してスポーツずくめである。第四面に「生徒心得」がのさばっていて、なぜそれを載せたかという問いが、第一面に「懸賞問題」として記されている。スポーツマンシップについて書いた「論説」は、石引小野球チームの一塁手だった NSK 君の筆。漫画も野球関係。「優勝目指して」の写真入り記事は、野球部マネージャーの OMT 君が書いている。三面の 2/3 を占めているのは篭球の記事、…という具合だ。
Tom の主な要件は、不定詞についての質問だった。十分に指導を達成できないまま、彼を大学前まで送ることになった。彼は、来週の金曜に一斉テストがある(Sam の命名による「ウィルス的精神学者」先生が、毎学期に行なうことを主張して実施にいたったそうだ)、数学の試験もある、英語の暗記をしなければならない…など、もっぱら試験期のことを話した。他には、「諸君たち」や「紫錦台の苦虫」(注 2)を登場させたが、珍しく Becky(注 3)は出て来なかった。
引用時の注
- Tom は私の出身中学の一年後輩で、私の後を継いで中学の新聞クラブ編集長をしていた。
- 「諸君たち」も「紫錦台の苦虫」も、中学の先生方のあだ名だっただろう。
- Tom が格別親しくしていた女生徒。"Tom" や "Becky" は、私が日記上でのみ使っていた呼び名である。
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