2013年1月28日月曜日

学期末試験終わる


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 7 月 5 日(木)曇り

 われわれが持つ以上のものを発揮しなければならないと思って自己を圧迫していた期間が終わった。
 英語の問題は問題でなかった。中学一年のときに出題されても九十点は取れただろうと思われるものだ。社会科を得意とする NBT 君は「あんなもん、かんたーんやった」といっていたが、ぼくは社会については、そう大きな声で「簡単」ともいえない。彼の社会に対する気持は、ぼくの英語に対するほどなのかもしれない。
 国語乙の答案を埋め尽くしたあとは、英語の時間よりも退屈した。この科目の問題は単純で、数も少なかったからだ。読み仮名をつけよというのがあった。「馬酔木」などだ。退屈していても得るところがないからと、真っ先に対策を講じたのは、脚が悪くて長く休んでいた TKM 君だった。彼が提出したあと、ゾロゾロと続いて出した。「馬の酔う木と書いて何ちゅうがヤ」と聞かれて答えようとした
(注 1)。すると、Vicky がまだ答案を保持していて、全部書いてしまったはずなのに、ここに分からないものがいるぞというような、いたずらっぽい顔をしたから、出かかった言葉をあわてて呑み込んだ。
 三枚の答案に鉛筆は一本でよかった。それも、途中で一度も先を尖らせることもしないで。下校の前に、提出日がきょうであることを校内放送で念を押されたものを提出したら、もう学校に用はなかった。明日は休みだ。

引用時の注
  1. 監督の先生がいない試験だったのだろうか。

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