2013年10月2日水曜日

トランプやリレー小説で遊ぶ


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 12 月 28 日(金)曇り

 午前十時から午後五時十分まで。家を忘れるほど、こうして遊ぶことの出来るのは、沢山の書物がつまっていて天井の低い Lotus の部屋と、もとの Jack の家付近から遥かに眺めると、からになって台所の隅にぽつんと忘れられているマッチ箱のように見える Tacker の家とである。(注 1)
 Lotus の家へは、ぼくが最初に行き、Jack が最後に来た。Lotus は、生物の宿題でノートを一冊使ってしまいそうだといって、親指と人差し指の先に力を入れて 4H の鉛筆を真っすぐに立てるいつもの握り方で書いたに違いない、美しいノートを見せてくれた。
 Kies が持って来たトランプと彼が提案したリレー小説で時を過ごす。西洋紙を半分に切って、五つに折り、自分の前の順番の一人分だけを読んで書きつなぐこの遊びでも、Lotus の筆は冴えていた。午前に一回と午後に三回これをしたが(その間にトランプ遊びやうどんの昼食が入る)、終りに近づくに従って、Jack や Kies は Lotus を困らせる内容のものを書き始め、「誰が誰といつどこで…」と結果的にはあまり変らない遊びになって行くきらいがあった。
 初めに出た登場人物を最後まで受け継がせることが、しばしばうまく行かない。Kies が書き始めた、フランスの植物学者を叔父に持つビルとフランクの話が、Octo によって日本の生徒の話に変えられたり、Octo が書き始めた、ぼろ服姿のイギリスのローベルト少年が、ぼくによって、片目が不自由な幼児に出会って、二十ルイというフランスの金を与える話になったりする。Lotus が書き始めて、ぼくが結びを書いた、志郎と奈美子の物語は、一つのまとまりを持った少ない作の中でも、優れたものだった。ぼくがスタートを切った、桶屋の六助と空腹の物語は、Lotus が半ば理論的なユーモアで続けたのに、Jack に至って、主人公が年末大売り出しの宣伝マンという仕事をすることになり、前半と後半が別の話になってしまった。
引用時の注
  1. この冬休みの前半、Sam が毎日くたくたに疲れるようなアルバイトをしていたのに、私は毎日のように遊んだ話を書いていた。Sam のアルバイトの日記をまだ目にしていなかったとはいえ、悪いことをしたものだ。

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