2012年11月12日月曜日

国語が好きになり始める


高校(1 年生)時代の交換日記から

Sam: 1951 年 6 月 28 日(木)小雨

 国語のテストは、「人間の回復」のところ(といっても、教科書はちがうんだったね)の幸福について論じているところ(約 800 字くらい)を 100 ないし 120 字の文にまとめよ、というものだった。なかなかやりにくい。ざっと要点だけを書いてみたら、 200 字あまりになっている。100 字といえば、400 字詰め原稿用紙の 1/4 に過ぎない。その中に「幸福」というものをまとめるのだから、骨が折れる。表現がダブッているとか、不必要だと思われるところは、余儀なく削ったが、まだ 140 字くらい。そこで、一つひとつの単語について無駄がないか調べていく。例えば、「幸福というものは」を「幸福は」としたり、「究極においては」を「究極には」とするなどした。それで、文全体としてはぎこちない、物足りないものになったが、ちょうど 120 字につづめることができた。

 それを提出した後、二週間ほど前に書いた作文(これも「新しいことば」というところの感想をまとめたもの)が手もとへ返された。ぼくは約 1000 字ほど書き、他の者にくらべると量的に 2〜3 倍ほどだったが、「未完」として提出したのだった。誤字は、「取り扱かったものである」として、不必要な「か」を書いただけだった。「未完とはいえ、鑑賞の力もすぐれており、表現の方もよろしい」と評が書いてある。

 いままではそんなにも好きでなかった国語が、高校になってからぼつぼつ好きになり始めている。それは、語句の訳とか研究発表とかが少なくなって、鑑賞とか討論とかが多くなっているからだろう。しかし、Ted の影響も見逃せない。ぼくは与えられてばかりいる。(ということもないかな。)

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